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東京高等裁判所 昭和45年(行コ)73号 判決 1971年12月21日

控訴人 岡田陽三

被控訴人 東京国税局長

訴訟代理人 山田二郎 外二名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一審、控訴審(差戻前、差戻後とも)、上告審を通じて、被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文一、二こ項同旨ならびに、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決六枚目一〇行目から一一行目にかけて「昭和三四年法律第七八号」とあるのを「昭和三四年法律第七九号」に訂正する。)。

(控訴人の陳述)

一、被控訴人の昭和三三年度の所得について適用された昭和三四年法律第七九号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下、旧所得税法という。)においては、「不動産所得とは、「不動産、不動産の上に存する権利又は船舶の貸付(地上権又は永小作権の設定その他他人をして不動産、不動産の上に存する権利又は船舶を使用せしめる一切の場合を含む。)に因る所得から事業所得を除いたもの」をいうものとされていた(同法九条一項三号)。したがつて、不動産賃貸借の当事者間で授受されるいわゆる権利金は、賃貸人が賃貸人に対して一定の期間不動産を使用収益させる対価の一部として支払を受ける所得であるから、不動産所得として課税されていた。ところが、右立法当時予想されなかつたような近時における大都市の住宅事情等の変化に伴ない、不動産賃貸借にあたり権利金の授受が行たわれることが慣行化し、特に借地権の保護が強化されるに比例してその額も高額化するようになつた。このような権利金は、所有権の権能の一部の譲渡の対価に近い実質を有し、また、一たん設定された借地権を譲渡した場合の対価は譲渡所得として課税されることの均衡等の理由から、昭和三四年法律第七九号による旧所得税法の改正により、「建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものによる所得」は、譲渡所得とされ(同法三三条一項)、同年政令第八五号による旧所得税法施行規則の改正により、借地権設定に際して授受される権利金のうち、設定された借地権の存続期間が二〇年以上であり、かつ、その設定の対価として支払をうける権利金の額がその土地の価額の十分の五をこえるものは、譲渡所得として課税されることになつたことは(所得税法施行規則七条の一〇、一項)周知のとおりである。これは、権利金が旧所得税法において不動産所得として課税されるべきものであることを前提とし、その中のある種のものについては、その法的取扱が経済事情に合致しなくなつたため、改正法において経済事情と歩調を揃えるため、譲渡所得として課税すべく改正されたのである。この場合、いかなる時点において法律を現実と合致さすかは、ひとえに立法政策の問題である。法解釈の名をもつて実質的に法改正を行なうことは厳に慎しまなければならない。

二、本件の上告審判決(差戻)は、「借地権設定に際して土地所有者に支払われるいわゆる権利金の中でも、(第一)右借地権設定契約が長期の存続期間を定めるものであり、(第二)借地権の譲渡性を承認するものであり、(第三)所有者が当該土地の使用収益を半永久的に手離す結果となる場合に、その対価として更地価格のきわめて高い割合に当たる金額が支払われる場合には、旧所得税法の下においても、譲渡所得に当たるものと類推解釈すべきである。もつとも、譲渡所得は課税上特に優遇されているから、右類推解釈はみだりに許されず、「明らかに」資産の譲渡の対価としての経済的実質を有するものと認められる権利金についてのみ許されると解すべきであり、「必ずしもそのようなものとはいいきれない」性質のあいまいな権利金については、法律の用語の自然な解釈に従い、不動産所得として課税すべきものと解するのが相当である。」旨判示した。これは、税法において類推解釈の可能なことを認めながらも、それが厳格になされるべきことを示したものといえる。

三、しかるに、本件の権利金は、「明らかに」土地の使用収益権の半永久的な譲渡の対価という程に、その借地権の譲渡性が明白であろうか。明白であるというには、課税処分に当たつてそれを判断する担当官は勿論のこと、客観的に明白でなければならない。また、本件権利金は、法律の用語の自然な解釈に従つて不動産所得として把握するのを排する程明白に、譲渡性を有する借地権の設定に対応するものであろうか。

そこで、本件権利金について、前記上告審判決の判旨のあげる第一ないし第三の解釈基準はあてはめてみる。

(一)  第一の基準についてみると、建物所有を目的とする借地権(本件借地権もこれに該当する。)については、借地法により長期の存続期間が定められているため、契約当事者間の意思、権利金の多寡等によつて影響されず、あまり意味がない。

(二)  第二の基準についてみるに、本件借地権に自由譲渡性はない。すなわち、被控訴人と訴外サンヨウメリヤス株式会社(以下訴外会社という。)間の土地賃貸借契約書(乙二号証)の契約条項二項によれば、賃借人は「賃貸人の書面による承諾なくして借地権を他人に譲渡し又は他に転貸しないこと」と約定されている。同項は、借地権の譲渡・転貸を賃貸人の意思にかからしめ、賃借人の自由な処分を禁じたものである。右明文にもかかわらず、被控訴人は、契約書の作成は単に形式をととのえるという以上に特別の意味はなかつたと主張する。しかし、右契約書は、定型化された一般の契約用紙を使用したものではなく、賃貸借契約の重要な事項ともいうべき項目のみを重点的に掲げたもので、僅か三条項よりなるものであり、しかも、法律の専門家として借地権の譲渡性の有無についての意義を充分に知つているはずの高橋弁護士が肉筆で作成したものである。このような状況の下に記入されている自由譲渡禁止条項が単なる形式をととのえるためのもので、定型的文言を使用したに過ぎないものとはいえない。また、被控訴人も当審における本人尋問において、当時、借地権譲渡の点は殆んど考えていなかつた旨供述しており、同供述からも、被控訴人において訴外会社に自由譲渡性のある借地権を与え、自己の土地について使用収益権を半永久的に譲渡するたどということを全く考えてもいなかつたことが明らかである。訴外会社は、昭和三三年三月設立当時の発行済株式総数が六、〇〇〇株であるが、うち被控訴人が二、〇〇〇株、その母岡田一七五か六〇〇〇株、その長兄岡田和造、次兄岡田俊男、義弟古橋広之進が各四〇〇株を有し、被控訴人とその親族で全株式の約六割五分に当たる合計三、八〇〇株を占める同族会社で、しかも、その経営は被控訴人が単独で握つていたのであり、実質は被控訴人の個人会社のごときもので、同人が自由にこれを支配できた。したがつて、訴外会社が被控訴人の意思に反するような行為をすることはあり得ず、本件借地権の譲渡、転貸についても被控訴人の意思に反するということはあり得ないのである。このような状態の下にあつては、被控訴人が当審における本人尋問においていうように、本件借地権の譲渡について「訴外会社本位に考えた、」としても意味がないといえる。すなわち、被控訴人主張のように「被控訴人が、訴外会社が自己の経営する会社であるから、訴外会社が借地権の譲渡を希望することは、被控訴人自らがこれを希望することと同意義と考えていたこと」は、まさしく、被控訴人の意思の下に借地権の譲渡が可能となり、同人が欲しなければ譲渡はあり得ないのである。被控訴人は同時に賃借人たる訴外会社の代表者であるが、同会社は前記のとおり実質上被控訴人の個入会社であり、被控訴人個人の意思(賃貸人の意思)を離れた独自の意思の存在は考えられないのである。

しかも、本件賃貸借が第二の要件を有することを明示的になされていなかつたことは、被控訴人も認めているところである。権利金が譲渡性を有する借地権の設定の対価であることが明白であるというには、その基準となる各要件も明示され、一見して明白であることを要するといわねばならない。しかし、本件賃貸借については、賃借人の自由な処分を禁ずる旨明示されているのであり(前記乙二号証の土地賃貸借契約書し、それを覆す事情は存在しないのである。

(三)  第三の基準については、本件賃貸借における賃料は適正地代に比し低廉であるため、本件権利金がその差額を補充するための賃料の一括前払の性質を有するものである。

一般に、不動産賃貸借の当事者間で授受される権利金には、種々の性質のものが存するけれども、明らかに営業権譲渡の対価であるようなものは格別、通常、それは賃借人に対して一定の期間不動産を使用収益させる対価の一部として支払を受けるものというべきである。もつとも、近時においては、借地権の設定に際して土地所有者に支払われる権利金の中で、借地権設定契約が長期の存続期間を定めるもので、かつ、借地権の譲渡性を承認する等、所有者が当該土地の使用収益権を半永久的に手離す結果となる場合に、その対価として更地価額のきわめて高い割合に当たる金額が支払われるというようなものについては、その権利金は、経済的実質的に、土地所有権の権能の一部を譲渡した対価としての性質をもつていることを否定できないが、かようなものでないかぎり、権利金は土地賃貸の対価たる性質のものというべきである。それで、土地の賃借権の設定の際に賃貸人に支払われる権利金について、前記のような性質の区別によると、次の三つに類別することができる。

(1)  営業権の譲渡の対価であるもの。

(2)  土地を一定の期間にわたり使用収益させる対価で、経済的実質的にみて、土地所有権の一部の譲渡の対価たる性質をもつているもの。

(3)  土地を一定の期間にわたり使用収益させる対価で、経済的実質的にみて、土地所有権の機能の一部の譲渡の対価たる性質をもつていないもの。

本件においては、被控訴人がその所有にかかる東京都墨田区寺島町一丁目一八九番の一二宅地一一六坪三合四勺を訴外会社に建物所有の目的で期間二〇年賃料一坪当り一カ月二〇円の約定で賃貸するにあたり、訴外会社から権利金として一〇〇万円を受領したものである。そうすると、本件権利金は、土地の賃貸に対する対価であるから、営業権の譲渡の対価でないこと(前記(1) の類型にあたらないこと)が明らかであり、本件では、もつぱら、それが経済的実質的にみて土地所有権の機能の一部譲渡の対価としての性質をもつているかどうか(前記(2) の類型か、(3) の類型か)が問題となるものである。本件権利金は、次に具体的にいうとおり、地代の一蔀の前払として受取つたものであり、土地使用権を半永久的に手離すことを承認した対価として受取つたものではたいから、土地の賃貸に対する対価にほかならないものである。

すなわち、前記のとおり、賃貸期間は二〇年と定められており、借地権の譲渡性を承認したものではない。それに、本件地代は一坪当り一カ月二〇円で年額一万二、〇〇〇円(二〇円×五〇坪×一二カ月)であり、通常の場合、その適正地代は少くとも更地価額(一坪当り三万円)に対する年八分の市場金利の場合の年額一二万円(三万円×五〇坪×八分)位であるから、本件地代はその一〇分の一にすぎな。いしたがつて、その地代だけでは更地価額に対し年八厘の利回りに過ぎないのであつて、本件権利金がこの不足地代を補う一括前払であることを十分に窺知することができる(原審鑑定人鴫田久吉の鑑定の結果参照)。換言すれば、適正地代の場合は権利金なしの地代だけで年間一二万円、二〇年間で二四〇万円となるのに対し、本件の場合は、年間地代一万二、〇〇〇円、二〇年間で二四万円であり、これに権利金一〇〇万円を加えても一二四万円に過ぎない。

したがつて、本件の場合の権利金は、賃料の一部の一括前払として受取つているもので、土地賃貸の対価にほかならないものであつて、経済的実質的にみても、到底、土地所有権の権能の]部譲渡の対価たる性質をもつているとみることはできない。

(四)  以上のごとき性質を有する本件権利金は、到底前記上告審判決の○〇旨にいう「明らかに譲渡性」を有する借地権の設定の対価とはいえない。

四、被控訴人は、「前記東京都墨田区島寺町一丁目一八九番の二一の宅地のうち、本件賃貸借の残地五〇坪につき、更に昭和三七年七月二日訴外会社に賃貸したうえ(甲一号証)、昭和三八年一二月四日に右両賃貸土地(合計一一六坪三合四勺)を地上建物とともに藤栄産業株式会社に譲渡し、その際被控訴人には賃借権の設定された土地所有権の代価として三〇〇万円(坪平均三万円)、訴外会社には地上権の代価として一、〇〇〇万円(坪平均一〇万円)が支払われた」と主張する。右により、被控訴人は、昭和三八年当時、本件土地の所有権は用益権により制限されているため一坪当り三万円の価値しか有せず、一方訴外会社は、その用益権の代価として一坪当り一〇万円の金額を受領したとして、本件賃借権が所有権の一部の譲渡であることを証明しようとしているものと考えられる。しかし、所有権の代価は、被控訴人自身に、地上権の代価は訴外会社にと、形式上は別人格に属したものの、前記のとおり訴外会社は被控訴人の個人会社であり、最終的な経済的利益の帰属は同じなのである。本件借地権の譲渡性が限定された範囲内のものであることは云うまでもない明らかなことであるが、個人会社との間で本件の借地権をどのように評価するかは、被控訴人の経済的利害には影響のないものであるといえる。しかも、右売買は本訴係属中になされたものであつて、本訴を有利に導こうとして工作されたものとも受取れるのである。

五、旧所得税法九条一項三号は、「不動産の貸付に〇〇〇〇」を不動産所得と規定している。この「不動産の貸付に因る所得」とは、不動産の貸付(賃貸借、地上権の認定等)に起因し不動産の使用権の設定の対価として貸主に発生する所得のすべてを包摂しているものである。従つて、設定される使用権の対価が地代名義で授受されているものであると否とを問わず、また、その対価の支払方法が継続的に支払われる場合であると、その全部又は一部を一括して前払される場合であると否とを問わないものである。本件の権利金は、前記のとおり土地賃貸の対価たる性質のもので、不動産の貸付による所得であるから、まぎれもなく、旧所得税法九条一項三号に規定している不動産所得に該当するものである。

(被控訴代理人の陳述)

一、本件は、被控訴人が昭和三三年三月訴外会社に対し被控訴人所有の本件土地を普通建物所有の目的で期間を二〇年と定めて賃貸し、その権利金として一坪当り二万円の割合による合計一〇〇万円を訴外会社から受領したものであるところ、本件の上告審判決(差戻)は、「借地権設定に際して土地所有者に支払われるいわゆる権利金の中でも、右借地権設定契約が長期の存続期間を定めるものであり、かつ、借地権の譲渡性を承認するものである等、所有者が当該土地の使用収益権を半永久的に手渡す結果となる場合に、その対価として更地価格のきわめて高い割合に当たる金額が支払われるというようなものは、経済的、実質的には、所有権の権利の一部を譲渡した対価としての性質をもつものと認めることができるのであり、このような権利金は、旧所得税法の下においても、なお、譲渡所得に当たるものと類推解釈するのが相当である。」と判示したものである。

二、ところで、本件土地の当時の更地価格は一坪当り約三万円であつたから、本件権利金は、右更地価格の約三分の二に達するのであり、「更地価格のきわめて高い割合」を占めることは明らかである。したがつて、前記判旨を前提とする限り、本訴の実質的争点は、本件権利金の受領により、被控訴人が本件土地の「使用収益権を半永久的に手離す結果」となつたか否かに帰着する。

被控訴人は、当時の勤務先から独立して、メリヤス生地編織事業関係のため昭和三三年三月八日訴外会社を設立し、その代表取締役となつたものであるが、本件土地を、その事業の用に供するため、その借地権を訴外会社に事実上現物出資する目的をもつて、本件土地賃貸借契約を締結したものである(現物出資の法的規制が厳格なため、一〇〇万円をもつて本件土地の借地権を現物出資することにかえ、一たん資本金を他から借用して会社を設立したうえで、本件土地を権利金一〇〇万円で賃貸し、右権利金を右借用者に返すという形で事実上現物出資することが世上多く行なわれ、しかも現物出資する財産の評価が適正に行なわれる限り、形式的違法はともかく、実害が殆ど認められたいことは、裁判所に顕著なことと信ずる。)。

その際、当時の近隣の実例等を参酌して権利金額を算出し、かつ、賃料を近隣のそれを参酌して月額一坪当り二〇円と定めたものである(賃料の一部の一括前払の意思は、全然存在しない。)。そして、右賃貸借契約締結の際、「被控訴人は訴外会社に対し工場建物敷地として賃貸することを承諾したので、訴外会社は被控訴人に対し右賃借権設定の代償金一〇〇万円(一坪につき二万円の割合)を支払うことを承諾した」旨の覚書を作成し(本件土地の隣接地についての昭和三七年七月二一日付の甲一号証覚書参照)、次いで、昭和三三年三月二〇日付で、被控訴人が訴外会社に対し、本件土地を期間二〇年、建物所有の目的で賃貸し、賃料は一カ月一、〇〇〇円(一坪当り二〇円)、毎月末日払とし、かつ、賃貸人の書面による承諾なくして借地権を他人に譲渡し、又は転貸しない旨を記載した簡単な土地賃貸借契約書(乙二号証)を作成した。その作成には、被控訴人と、その依頼を受けた亡高橋弁護士とか関与したが、貸主と借主の代表者とが同一人であり、両者間に賃貸借の条件等について争いがあるわけもなく、覚書、契約書の作成は、単に形式をととのえるという以上に特別の意味はなかつた。

また、本件賃貸借契約では、借地権の自由譲渡性が明示的には付与されていないが、被控訴人は、前記のとおり事実上の現物出資として本件土地の借地権を訴外会社に与えた関係で、本件土地が将来被控訴人に返還されることは全然予想せず、かつ、訴外会社が自己の経営する会社であるだけに、訴外会社が本件借地権の譲渡を希望することは、被控訴人自らがこれを希望することとなると理解していたものである。訴外会社は、前記のとおり被控訴人の独立営業のための株式会社で(商号は被控訴人の名「陽三」を、逆にして「三陽」とし、これを片仮名にしたもの)、設立当初の資本の額は三〇〇万円、現在一、二〇〇万円であるが、被控訴人の持株比率は、当初三分の一、現在四割五分であり、その他の主准株主も概ね兄弟その他の関係者で、被控訴人の個人的営業の色彩が濃厚であり、設立以来現在まで、被控訴人が経営を続け、形式的にも短期間の場合を除き、被控訴人が継続して代表取締役の地位にあつたものである(被控訴人兄岡田俊男が形式的な代表者に就任した短かい期間があるけれども、その間も実際の経営は、被控訴人が行なつた。)。

以上のとおり、被控訴人は、本件土地の使用収益権を「半永久的に手離す結果」となつたものであり、本件権利金は、「経済的実質的には所有権の権能の一部を譲渡した対価としての性質」を有する。

三、前記判決は、「経済的、実質的に所有権の権能の一部を譲渡した対価としての性質をもつと認め得る権利金は、譲渡所得に当たる」と判示し、その例として、一借地権設定契約が長期の存続期間を定めるものであり、かつ、借地権の譲渡性を承認するものである等、所有者が当該土地の使用収益権を半永久的に手離す結果となる場合に、その対価として更地価格のきわめて高い割合に当たる金額が支払われるもの」を挙げる。同判決の掲げる前記原則は、もつともであるが、右判示には疑問がある。すなわち、土地所有権の内容をなす使用収益権能は、地上権の設定や賃借権の設定により貸主の手を離れるが、自由譲渡性の承認と使用収益権能の喪失とは直接には結びつかないからである。仮りに、賃貸借契約の借主に賃借権の自由譲渡性が与えられたとしても、借主が賃料の支払を怠れば、契約解除により土地の使用収益権利が貸主に戻るということは充分に考えられるところである。したがつて、前記判決のいうところは、通常の状態ならば、換言すれば賃料の延滞等がなければ、所有者が当該土地の使用収益権を半永久的に手離す結果となる場合を指しているのであり、借地権の自由譲渡性も実質的に観察して譲渡性が認められる(譲渡承諾が与えられることが契約締結時において充分予見できる)場合を含むものと解すべきである。

前記のとおり、被控訴人は自己が経営する訴外会社に対する事実上の現物出資として、本件土地借地権を訴外会社に与えたものであるので、本件土地が被控訴人に返還されることは、被控訴人が訴外会社の株主権を失なうものと意議され、被控訴人としてそのような事実を全然想像もできなかつたというのが真相である。

被控訴人は、訴外会社に借地権を与えることにより、本件土地の使用収益権能は半永久的に訴外会社に移るので、本件土地の所有権は、単に訴外会社から賃料を収受し得る機能に転化したものと理解し、したがつて、借地権利金として更地価格の三分の二に相当する高額を算定したものである。したがつて、前記判決のいうところに従つても、被控訴人は、本件土地の「使用収益権を半永久的に手離す結果」となり、かつ、その対価として更地価格の三分の二という高い割合の権利金を支払うこととなつたのであるから、本件権利金は、譲渡所得に該当すると考える。

また、本件土地賃貸借契約書(乙二号証)の借地権譲渡〇〇条項の記載も、前記のとおり形式をととのえる意味で作成された契約書に、賃貸借契約の定型的文言を記載したに過ぎず、格別の強い意味を持たせたものではなく、むしろ、被控訴人は、訴外会社は自己の経営する会社であるから、訴外会社が借地権の譲渡を希望することは、被控訴人自らがこれを希望することと同義と考えていたもので、訴外会社の譲渡希望を被控訴人が承諾しないなどあり得たい筋合である。すなわち、契約書記載の文言はともかく、契約締結時において譲渡承諾が与えられることを当然の前提としたのであつて、前記のとおり上告審判決の例示は、このような場合を含むと考える。

四、なお、被控訴人は、昭和三七年七月末に本件土地に隣接する五〇坪を同じく訴外会社に対し権利金二〇〇万円(一坪当り四万円)で賃貸し(甲一号証)、次いで昭和三八年一二月に前記所有地一一六坪三合四勺を藤栄産業株式会社に売却したが、前記の一とおり本件土地等の所有権の権能の一部譲渡にあつたことを前提として、その代金一、三〇〇万円(訴外会社の建物分二〇〇万円を除く。)のうち、本件土地および隣接土地五〇坪合計一〇〇坪の借地権代金として一、〇〇〇万円が訴外会社に支払われ、土地所有者たる被控訴人には三〇〇万円が支払われたに過ぎないことを指摘したい。

(証拠)<省略>

理由

一、被控訴人が、メリヤス生地編織事業開始のため、昭和三三年三月八日訴外会社を設立して、その代表取締役となり、訴外会祉に対し、その工場敷地として、本件土地を普通建物所有の目的で、期間二〇年、地代一坪当り一カ月二〇円の約で賃貸し、右借地権設定の対価、すなわち、いわゆる権利金として一坪当り二万円の割合による合計一〇〇万円を訴外会社から受領したこと、当時右土地の更地価格は一坪当り約三万円であつたこと、被控訴人が、右一〇〇万円は借地権設定の対価として取得したものであるから譲渡所得に当たるものとして所得計算をした上、昭和三四年一二月一一日所轄の墨田税務署長に対し、右借地権設定にかかる昭和三三年分譲渡所得四二万五、〇〇〇円の修正申告書を提出したところ、同署長がこれを不動産所得一〇〇万円と更正し、同月二一日被控訴人にその旨を通知したこと、被控訴人がこれに対して再調査請求をしたところ、旧所得税法四九条四項により審査の請求とみなされ、昭和三五年六月一七日付で控訴人がこれを棄却する旨の決定をし、同決定が同月二三日被控訴人に通知されたことは当事者間に争いがない。

二、前記当事者間に争いのない事実、<証拠省略>弁論の全趣旨を総合すると、

1  被控訴人(昭和七年生)は、その実兄岡田和造が株式会社岡田染工場を経営し、糸を染める事業をしていたところ、同会社に一従業員として勤務し、その新潟県下の出張所長をしていたが、かねて昭和二九年頃他から買い受け所有していた東京都墨田区寺島町一丁目一八九番の二一宅地一一六坪三合四勺のうち、右和造所有建物の敷地になつている部分を除く、更地である本件土地五〇坪上に工場を新築し、機械を新規購入して、前記の糸から商品を製造するメリヤス生地編織ならびにその販売事業を、独立して株式会社組織で主宰経営することを企画し、弁護士亡高橋諦に訴外会社の設立ならびにこれに附随する件を依頼したこと、

2  そして、訴外会社が発行する株式の総数が二万四、〇〇〇株(一株の額面五〇〇円)であるところ、設立に際して発行する株式の総数六、〇〇〇株(一株の発行価額五〇〇円、したがつて資本の額三〇〇万円)のうち、発起人として被控訴人が二、〇〇〇株、その母岡田一七五が六〇〇株、前記和造、被控訴人の実兄岡田俊男、同じく義務古橋広之進が各四〇〇株、以上被控訴人とその近親者で合計三、八〇〇株、その他被控訴人の虹人二名が計二〇〇株を引き受けて、その払込を済ませ、いわゆる募集設立の方法により、前記株式会社岡田染工場が募集分二、〇〇〇株の株主となり、昭和三三年三月八日、商号は被控訴人の名「陽三」を逆にした「三陽」を仮名書きにした「サンヨウ」をとつてサンヨウメリヤス株式会社とし、本店所在地を前記墨田区寺島町一丁目一八九番地(本件土地)とし、被控訴人が代表取締役となつた訴外会社が設立されたこと、被控訴人は、その引き受けた前記二、〇〇〇株(発行価額計一、〇〇〇万円)の払込に際し、銀行から一〇〇万円を借入してこれにあて、訴外会社設立直後訴外会社と本件土地賃貸借契約を締結し、訴外会社から借地権設定の対価であるいわゆる権利金として本件一〇〇万円を受領したのち、その頃右受領した一〇〇万円をもつて前記銀行からの借入金元本の返済をしたこと、

3  前記賃貸借契約の内容は、訴外会社の工場敷地として普通建物所有の目的で期間を二〇年、地代一坪当り一カ月二〇円、毎月末日払と定めるものであり、また、前記権利金の額一〇〇万円は、本件土地の当時の更地価額が一坪当り約三万円であつたところから、一坪当り充よそその三分の二に当たる二万円とし、その割合をもつて五〇坪分を算出したものであること、

4  ところで、右賃貸借の締結に際して、これについても個人および訴外会社代表取締役としての被控訴人から一任されていた前記高橋弁護士が昭和三三年三月二〇日付で調製した賃貸人被控訴人、賃貸人訴外会社(代表取締役被控訴人)間の土地賃貸借契約書(乙二号証)が作成されているが、同契約書には前記賃貸借契約内容のほかには、「賃貸人の書面による承諾なくして借地権を他人に譲渡し又は転貸なしいこと」との条項のみが記載されていること

が認められ、これに反する証拠はない。

三、そこで本件権利金の性質について検討する。

被控訴人は、本件土地賃貸借において借地権の自由譲渡性が明示されていないにしても、本件借地権の設定が被控訴人の訴外会社に対する事実上の現物出資であり、将来訴外会社が本件土地を被控訴人に返還することを全然予想せず、かつ、訴外会社が被控訴人の経営する会社であるため、訴外会社が本件借地権の譲渡を希望することは被控訴人自らがこれを希望することであると主張し、被控訴人も当審における本人尋問において同様に供述する。しかし、右供述は、前記認定事実に比照して、にわかに措信できないし、仮りに右主張の事実が存するとしても、これをもつて、被控訴人が、本件権利金授受当時において、訴外会社に対し本件借地権の自由譲渡性を承認していたに等しいことは到底解することができない。この点について、被控訴人が右本人尋問において、訴外会社本位に考えていたから訴外会社が本件借地権の譲渡を希望すれば、これに反することはあり得ない旨供述するのは、単なる意見の開陳以上のものと認定することはできず、本件借地権の自由譲渡性肯認の資料とはなし難い。

また、<証拠省略>によれば、訴外会社が昭和三七年七月発行済株式二万四、〇〇〇株、資本の額一、二〇〇万円と変更した際にも、被控訴人が新たに四、〇〇〇株(発行価額計二〇〇万円)を取得したうえ、前記寺島町一丁目一八九番地の宅地のうち本件土地を除く部分(同地上には被控訴人が当時は前記訴外岡田和造から贈与を受け所有していた建物が存在していた。)につき訴外会社に対して借地権を設定し、その代償として同土地の面積を約五〇坪として一坪当り四万円の割合による二〇〇万円を訴外会社から収受したこと、昭和三八年一二月叶外会社が前記寺島町一丁目一八九番地の二一の土地一筆全部の借地権を一、〇〇〇万円で、(そのほか訴外会社所有地上建物二棟を二〇〇万円で)、被控一訴人が右土地一筆全部の所有権を三〇〇万円で、それぞれ訴外藤栄産業株式会社に売却する契約をし、翌年右各契約が履行されたことが認められるけれども、これらの事実のみから、本件借地権設定の際既にその自由譲渡性が承認されていたものと断定することもできず、ほかに右事実ないし被控訴人が本件借地権の設定により本件土地の使用収益権を半永久的に手離す結果となつたような事情を認めるに足りる証拠はない。

かえつて、前記認定のとおり本件土地賃貸借契約書(乙二号証)には借地権無断譲渡等禁止条項の記載があるところ、被控訴人は、同契約書は単に形式をととのえるという以上の意味がないと主張し、同条項に効力がないかのようにいうが、同主張に添う前記被控訴人尋問の結果は、にわかに採用できず、ほかに右主張を認めるに足りる証拠もない以上、本件土地賃貸借には右契約書の借地権譲渡等禁止条項のとおり約定があつたと認めざるを得ない。

更に、本件権利金は本件土地の更地価格の約三分の二という高い割合によるものであるところ、被控訴人は、賃料の一部の一括前払の意思はなかつたと主張するが、前記認定のとおり本件地代は、本件土地の更地価格が一坪当り約三万円であるのに、一坪当り一カ月二〇円(一カ年二四〇円)で、一カ年につき更地価格の約〇・八パーセントという極端に低廉なものであるし、前記認定の被控訴人と訴外会社との緊密な関係を考慮しても、裁判所に顕著なとおり適正地代が通常は一カ年につき更地価格の数パーセントであることからすれば、客観的にみて、経済上、本件権利金の中に他代前払の趣旨が包含されていると考え得る余地が十分に存するのであつて、その可能性を否定し去るに足る証拠はない。

しかるところ、借地権設定に際して土地所有者に支払われるいわゆる権利金の中でも、右借地権設定契約が長期の存続期間を定めるものであり、かつ借地権の譲渡性を承認するものである等、所有者が当該土地の使用収益権を半永久的に手離す結果となる場合に、その対価として更地価格のきわめて高い割合に当たる金額が支払われるというようなものは、経済的、実質的には、所有権の権能の一部を譲渡した対価としての性質をもつものと認めることができるのであり、このような権利金は、旧所得税法の下においても、なお、譲渡所得に当たるものと類推解釈するのが相当である。もつとも、旧所得税法九条一項が、譲渡所得については八号の規定により計算した金額の二分の一に相当する金額を課税標準とする旨定めているのは、普通の所得に対して資産の譲渡による所得を特に優遇するものであるから、その適用範囲を解釈によつてみだりに拡大することは許されないところであり、右のような類推解釈は、明らかに資産の譲渡の対価としての経済的実質を有するものと認められる権利金についてのみ許されると解すべきであつて、必ずしもそのような経済的実質を有するとはいいきれない、性質のあいまいな権利金については、法律の用語の自然な解釈に従い、不動産所得としての課税すべきものと解するのが相当である。

したがつて、本件権利金は、本件土地所有者たる被控訴人が本件土地の使用収益権を半永久的に手離す結果となる場合に、明らかに所有権の権能の一部を譲渡した対価としての経済的実質を有するものとはいえず、結局、本件権利金は、右にいう性質のあいまいな権利金というほかはないから、旧所得税法の下においては、不動産所得として課税すべきである。

四、したがつて、本件権利金を不動産所得にあたると認定した墨田税務署長の更正処分を維持した控訴人の審査決定に違法の点はないから、被控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真在夫 後藤静思 平田孝)

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